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SS - 飛竜の巣にて

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SS - 飛竜の巣にて

近頃は家に居る時はほぼアクロスエンドにログインしている。
今日も帰宅後すぐにログインし、待ち合わせの時間まで操作の練習をしようと飛竜の巣を訪れた。




【神風デスティネーション】

岩肌の見える殺風景な岳。
獣道に近い山道には一抱え以上もある岩が無造作に転がっている。
一人で岩々の合間をぬって坂を上っていけば、次第に霧が視界を覆い始めた。
確か彼に初めて会ったのも、こんな風に霧が深い頃合いだったのを思い出す。
彼に出会わなければ、マニュアル操作に手を出すこともなく、こうして一人で飛竜の巣に来ることもなかっただろう。
全ては彼に近づきたいがため、彼のような強さを手に入れたいと思ったのが発端なのだから。

――飛竜の巣。
中級レベルを脱したプレイヤーが最初に攻略を足踏みする場所だと言われる高レベルのフィールドエリア。
体力、攻撃力、共に高いドラゴン系の敵が複数出現し、一回一回の戦闘難易度が一気にハネ上がる。
このエリアがプレイヤーに嫌われる要員の一つは、敵から受けるペイン攻撃の多さだ。
飛竜の鋭い爪から繰り出される攻撃は軽装備の防具をいともたやすく貫通し、プレイヤーの肌に刺さるような痛みをもたらす。
素早さの高い飛竜は行動力も高く、こちらが一つ行動を取る間に連続で攻撃を受けることも少なくない。
結果、一回の戦闘で何度も“痛い”思いをしなければならず、志し半ばで攻略を断念するプレイヤーが多い。
それはあの日募ったPT(パーティ)のメンバーも例外ではなかった。
騎士のスキル習得条件の一つを満たすのに、山頂に出現するボスを倒した証――討伐証が必要だったため、
厄介になっているギルドのメンバーに声をかけ攻略メンバーを募った。
賛同してくれたメンバーは皆、そこそこのレベルがあったし、飛竜の巣のボス攻略経験があるというメンバーも何人かおり、
最初はボス討伐への熱意があった。
それが飛竜との戦闘を重ねる毎に目に見えて彼らの士気が下がっていくのがわかった。
ある者は用事を思い出したと言い、またある者は回復薬が切れてしまったと言い、それぞれ何かしらの理由を付けてはPTを離脱してゆき、山道を半分まで進んだ時点で6人(フル)だったPTは俺一人になってしまっていた。
自由放任主義のギルドで、個々人のプレイに過度な干渉を行わない代わり、高難易度エリアの攻略に対する協調性があまり高くないことはわかっていた。わかっていた、けれど。
予想していた展開にも関わらず、いざ最悪の事態に陥ってみると自ら手を挙げてくれたメンバーに失望している自分がいて悔しい。
せっかく感じることのできる感覚から逃げ出すなんて、そんな勿体ないことができるのは彼らが現実世界で恵まれているからなんだろう。
現実で得られないものが得られる仮想現実で、俺は手に入れられるものから逃げるなんてことはしたくない。
仮に運よく山頂に辿り着けたとしてもボスを一人で倒すのは不可能だ。
それでも心に沸き上がった憤りを抱えたま戻りたくなくて、ひたすら道を進む。
エリアの霧出現周期に当たってしまい視界が悪くなっていく中、複数の飛竜と遭遇(エンカウント)。
数での劣勢、加えて濃霧の中ではこちらの命中率が落ちる。凌ぎきれるか厳しい。
敵からはすっかり攻撃対象として注目されてしまっており、逃走コマンドも成功するかどうか怪しい。
HPを削りきられて行動不能、“負け”の二文字が脳裏を占めていた。
――そんな時だ、あの人に出会ったのは。

唐突に視界にポップアップ表示された、PT加入要請のウィンドウ。
このゲームではバトル中の敵の横取り防止として、複数のプレイヤーが同一の敵へ攻撃するにはPTを組まなくてはならないルールがある。
PTを組んでいないプレイヤーがバトル中に他のPTからPT加入要請を受けるのはすなわち、他のプレイヤーがバトルに参戦したい意を示されているということだ。
オート操作とはいえ、回避行動やスキル使用のタイミングなど、高レベル帯でのバトル中に誰がどんな目的で参戦したいのかなど深く考える暇はない。
視界を邪魔するウィンドウを早く消したい思いで、許諾ボタンを押す。
ウィンドウが消えてしばらく、何の変化も起こらなかった視界に斬撃のエフェクトが走り、こちらに挑みかかっていた飛竜が地に落ちた。
と同時に、既に他の飛竜が倒され戦闘が終了したことを知る。
助かった。
緊張状態から解放され、安堵の溜息が漏れた。
運よくどこかの一行に助けてもらえたのかと人影を探すと、霧の中からサングラスに黒装束を纏った男が姿を現した。
恐らく侍の職(ジョブ)に就いているのだろう。手には刀を持っている。
「MPポーション余ってたら分けてくんねぇか? 補充してくんの忘れちまってよ」
PTメンバーのステータス表示で確認したが、前衛で飛竜を相手にしたにしては彼のHPはほとんど減っておらず、ただMPだけが底をついたような状態だった。
煙草を咥えて、まるで散歩に来た公園の自販機で飲み物を買おうとしたら小銭が足りなかったから貸してくれ、と言うような調子だ。
いくら周囲を見渡せど他のPTメンバーが見当たらないことを疑問に思いつつ、
こちらの謝礼を、ああ、の一言で流した彼に手持ちのMPポーションを渡す。
「……あの、他のメンバーは?」
「いねぇよ」
「えっ? 一人でここまで来たんですか!?」
「まァ、頂上のデカい奴に用ができちまったんでな」
男は近くのスーパーへ買い出しに来たような口調で言う。
一人で山を上ってきたわりに、疲労の色が全くない。
一体どんな戦い方をすれば一人でこのエリアを攻略できるのか。頭はその疑問でいっぱいだった。
「……邪魔したな」
回復薬を分けてもらう目的で戦闘に介入したのだろう。
彼は用は済んだとばかりにメニュー画面を開くとPT解散の手続きを始めた。
PT外のプレイヤーが戦闘を手助けする見返りとして、消耗品や戦闘報酬を要求するのは別に珍しいことではない。
だが、この先さらに敵のレベルが上昇する場所を、再び一人で攻略しようという姿勢には驚きしかなかった。
咄嗟にPT解散操作をする彼の手を止め、できるならボス戦まで一緒させてもらいたい旨を告げると、彼は眉根を寄せてこちらを見た。
「悪いが、俺は誰かのお守りをしながら戦うのは御免だ。
ついてくるのはいいが、自分の身は自分で守るか、“壁”になれる奴以外はお断りだな」
“壁”――敵のヘイトを集めて、他のプレイヤーが行動しやすいように敵をひきつける役のことを指す言葉だ。
「壁でいいです。ボスの討伐証が手に入れば、壁でもなんでもやります」
本当は討伐証など二の次になっていた。
彼の戦い方を間近で見てみたいという好奇心。ただそれだけの気持ちで食らいついた。
「……言ったな? 役割分担、きちんとこなせよ?」
紫煙をくゆらせていた口元を薄く歪めて、オレガノと名乗ったプレイヤーは笑った。

それからの戦闘は信じられない光景の連続だった。
彼――オレガノは、オート操作を遥かに上回る動きで次々に敵を仕留めていった。
マニュアル操作でプレイしているプレイヤーとPTを組んだことは何度かあったが、彼のそれは今まで目にしたどのプレイヤーの動きよりも洗練されていた。
敵の攻撃を最小限の動きで回避し、回避しきれない攻撃は刀で受け流す。
たちこめる霧の合間で、時折飛竜の爪を刀で弾いた際に生じた火花が散るものの、
飛竜の爪は彼のアバターをかすりもしない。
接近戦主体の前衛職なのに防具が軽装備なのは装備の重量、すなわち防御力を犠牲にして素早さや動きやすさを選んだ結果なのだろう。
彼は時折こちらの目では追いきれない速度で行動しているように見えた。
霧の中にもかかわらず、彼の攻撃スキルは必中に近い精度で敵に命中する。
オートと違い、マニュアル操作だと特定環境下における命中率の低下が優遇されるというのは、こういうことかと初めて実感した。
宣言通り俺が的になって敵を引きつける間、圧倒的な強さで、独力で戦闘を終わらせていく。
飛竜の猛攻を一身に受けながら、俺は彼の技術に見とれた。
そして彼の動きを夢中で視界に収めるうち、山の頂――ボスの出現場所に辿り着いていた。
「意外とタフだな、お前。正直、ここまで付いてこられるとは思ってなかったぜ」
咥えていた煙草を破棄したオレガノが、こちらを振り返って言う。
無我夢中でその背中を追ってきた俺は、一呼吸置いてようやく彼に褒められたらしいことに気づいた。
「こっからが本番だが、1対1なら壁は要らねぇ。
討伐証が欲しいなら、お前は後ろで防御に専念してろよ」
「防御? まさか、ボスまでひとりで……って、うわっ!」
聞き返そうとした瞬間、ボス出現の演出が地面を揺らした。
荘厳な音楽と共に、道中で戦った飛竜の3倍の大きさはあろうかというエリアの主が頭上に舞い降りる。
飛影に対峙し刀を構えるオレガノの横顔は不敵に笑っていた。

「――ほらよ」
地に伏した巨大な飛竜を背に、戦闘を切り抜けたオレガノがこちらに何かを放って寄越す。
「これは……」
ボスのドロップアイテムの一つだった。
「俺は使わねぇからやるよ」
「でも、露店で売れば資金の足しになるんじゃないですか?」
例え個人で使用する用途がなくとも、他のプレイヤーの需要はある。
他のプレイヤーが攻略を渋るエリアのボスのドロップ品なら尚更のこと。
街でプレイヤー相手に売ればそこそこのゲーム内通貨が手に入るはずだ。
「……かもな」
オレガノはそう言ってこちらに背を向け、片手を上げる。
それが別れの言葉だった。
次の瞬間には、彼はボス討伐後に現れる帰還用ポータルの先へと姿を消していた。

あの日の彼の姿は今も目に焼き付いている。
そしてあの日を境に、俺はその背中をずっと追い続けている。
痛みも強さも、この世界で手に入れられるものは全て手に入れたい。
アクロスエンドはそれが叶う場所だ。
彼のような強さを手に入れたらきっと、もっと違う景色が見えるはずだと信じている。
自分ではまだ、飛竜の巣の半ばまで凌ぐのが精いっぱいだけれど、いずれは頂上に立ってみせる。
俺は濃霧の中から現れた飛竜に剣を構え、羽ばたく翼の向こう側へと一歩踏み出した。


<End.>

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アインハルトがオレガノと初めて出会った時の話。
ここから手ブロの手合せ話に繋がっていきます。


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日々アホなことを考えつつネタ探しに奔走するズボラー(だらしのない人間)。
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