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あっち向いてホイ

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SS - 須藤欧也の場合_00

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SS - 須藤欧也の場合_00




濃紺のタイルカーペットが敷き詰められた床。
付近にVR接続用サーバー群を収めたサーバールームがあるのだろう、
低い唸り声を上げている冷却ファンの音がかすかに聞こえてくる。
足を踏み入れて感じるのは静寂と、施設設備から漂う無機質な匂い。
出勤早々に出向いた上司の部屋は、これまで過ごしてきた環境とは全く異なる場所にあった。

情報通信局仮想現実管理課特別管理対策室。通称・VR特管室。
ネットを通じて共有される仮想現実空間利用者の爆発的な増加と共に設立された、仮想空間案件を専門に扱う時代最先端の部署。
――と言えば聞こえはいいが、実際には“現実”の現場では使い物にならない連中が寄せ集められた、
人材の墓場だという噂で有名な場所だ。

「――須藤欧也君、ようこそ我が部署へ。歓迎するよ。
君こそ私が待ち望んでいた人材だ」

黒縁眼鏡をかけた中年の男。
機械の箱とも言えるこの施設で専用の個室に大きなデスクを構え、
部署の最高責任者たる肩書を背負っているとは到底思えないにこやかな顔つきをしている。
年中デバイスを通して仮想空間に接続、巡回という名の監視をしている連中を束ねている人間だ。
どうせ色白の根暗で理屈臭い野郎なのだろうと思っていたが、予想外に温和そうな雰囲気を纏っている。
キャリア組の出世競争を勝ち抜いたようには見えない、個人に強力なコネでも持っているのか。
どうやって今のポストに就いたのか不思議な類いの人種に思えた。

「――はっ、よろしくお願いいたします!」

来たくて来たわけではない。
不満が渦巻いているが上司の手前、一応形式ばった挨拶を済ませる。

「例の件は、立件できず残念だったね。
いやしかし、政界でも顔の広い政治家のご子息であろうとも、犯罪者を分け隔てなく取り締まろうとする熱意は素晴らしい。
熱血漢、大いに結構。この部署にこそ君のような人材が補充されるべきだと考えていたところだ」

男の瞳は眼鏡の奥で笑っている。
一体何が楽しい? こちらは異動も異動先の仕事も全てにおいて不満だらけだというのに。
それとも、腹の底では俺の境遇を嗤っているのか?
現実から乖離したオタクどもの集まる部署に現場一辺倒だった人間が配属されたところで、一体どんな活躍ができるというのか。
何をどうこじらせたら管区採用(ノンキャリア)の俺を待ち望むような心境に陥るのか不思議でならない。
目の前の男は大仰に歓迎の言葉を口にしているが、これは立派な左遷だ。
親の七光りを盾にして大馬鹿をやっていたボンボンの首根っこを捕まえようと手を出したら、翌週には異動が決まっていた。
後ろ盾として機能するべきはずの元上司――調子のいい男だとは思っていたが――は、
立場が危うくなった途端、若手の俺をスケープゴートにし全ての責任を押し付けた。
自ら立件すべきだとまくしたてた癖に、まさか我先に権力へ尻尾を振るとは思わなかった。
あのクソ眼鏡、今度会ったらただでは済ませない。

「渡した資料で既に知っていると思うが君の担当箇所は、〈アクロスエンド〉というゲームだ。
ゲームだからといって侮ってはいけない。同時接続数はどんなコミュニティよりも多い場所だ。
日本国内でもVRネットゲームシェアでトップを争う人気タイトルだが、
人が増えすぎて今潜っている署員だけでは手に負えなくなった。
身分を隠し、一般ユーザーに紛れてゲームサービスとゲーム内の人の動きを“観察”するのが君の仕事になる」

VR特管室署員の主な役割は仮想空間でユーザーや企業サービスの動向を観察し、
犯罪につながる恐れのある危険要素を列挙しこれに備えること。
仮想空間で明らかになった犯罪には別途、VR犯罪対策室という別の部署が動く決まりになっている。
つまり日がな一日、仮想空間に接続してふらふらしているだけの仕事だ。

「仮想空間には現実同様、実に様々な人間が集う。人が集まればそこには必ず犯罪の芽が生まれる。
二次元のネット時代にはなかった身体的接触がネット上の人間関係をより複雑化していることは知っているね?
今や現実で起こる犯罪の3割は仮想現実を発端としていると唱える学者もいるほどだが、
国家によるVR特別監視法案が議会で足踏みしている現在、
仮想空間の管理はその空間の持ち主である企業や個人の良心に委ねるしかない状況だ。
……企業の占有する仮想空間全てに交番を建てるわけにはいかないからね」

会話の内容は高校生でも知っているレベルの常識論だ。
普段現実で話し相手がいないのか、ペラペラとよくしゃべる。

「よって、こちらから注視してやらないと凶悪犯罪の温床になりかねない。
……いや、もしかしたら我々が知りえないだけで既に“そう”なっているのかもしれない」

立派な革張りの椅子に座っていた上司が、こちらに向き直る。
教訓じみた話もようやく締めくくりまできたようだ。

「巡回の方針は君に一任する。
危険度の高い人物がいれば都度報告を。規則の順守と報告さえ怠らなければ、こちらから口を出すことはない。
君の信念に基づいて行動したまえ。……話は以上だ」

入室してからこの方ずっと保っていた直立不動の姿勢を解き、ドアに向かって踵を返した。
と、その時。

「……何、ゲームの中なら気に食わん奴を一、二発殴ったとしても訴えられはしないさ」

退室しようとする背中に、つぶやきにも似た一言が耳をかすめた。
本気で言っているのか、それとも俺の失敗談を踏まえて煽っているのか。
どちらにせよ、草食動物に似た大人しそうな風貌の割になかなかクレイジーな思考回路だ。

そしてこの日よりしばらく、
俺は微塵も興味のないゲームに職務でログインし続けなければならないという地獄の生活を送ることになる。


<End.>


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こうしてアクロスエンドにオレガノというプレイヤーが誕生する。

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日々アホなことを考えつつネタ探しに奔走するズボラー(だらしのない人間)。
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